歩行者同士でぶつかってけがをしました。こうした事故の場合、相手方に損害賠償を請求することはできますか?
交通事故というと、自動車やバイク、自転車との衝突事故をイメージしますが、必ずしもそれらの乗り物に乗っていた場合に限られません。
つまり、歩行者同士でも走っていたりしてぶつかった衝撃でけがをするということは起こりえます。広い意味でいうと、歩行者同士の交通事故というのも考えられます。
まず、損害賠償を請求することができるかどうかについてですが、歩行者も信号を遵守したり、他の歩行者とぶつからないように前方を見て歩かなければならないと考えられています。
したがって、この義務に違反したと評価できる場合には、民法709条の不法行為責任が成立すると考えられます。
もっとも、歩行者同士の事故は、自動車同士の交通事故のように基本過失割合が類型化されていません。そこで、事案によって個別に判断せざるを得ないのが現状です。
歩行者同士の事故について、以下で詳しく解説いたします。
問題の背景
最近では、「歩きスマホ」による歩行者同士の衝突により、けがをされる受傷事故が増えているようです。
この場合に、そもそもぶつかった相手方に損害賠償を請求することができるのか、できるとして過失割合などはどうなるのかが問題になります。
以下では、歩行者同士の衝突事故の過失割合について触れた裁判例を紹介します。
事故の概要は、91歳の女性歩行者と25歳の女性歩行者が交差点内で歩行中に衝突し、老人が転倒して右大腿骨頸部骨折を受傷し、歩行障害が残ったと主張した事案です。
第一審の東京地裁の判決では、まず歩行者の義務について、
「道路を歩行する者は、自己の身体的能力に応じて、他の歩行者の動静を確認したうえで、歩行の進路を選択し、速度を調整するなどして他の歩行者との接触、衝突を回避すべき注意義務」と、
「歩行者の中には、幼児、高齢者、視覚等の障害者など一般の成人に比べて知覚、筋肉、骨格等の身体的能力が劣るため、歩行の速度が遅く、体のバランスを崩しやすく、あるいは、臨機応変に進路を変えることが不得手であり、ひとたび衝突、転倒すると重い傷害を負いやすいといった特質を備えるものが一定割合存在していることに鑑みると、健康な成人歩行者が道路を歩行するにあたっては、自己の進路上にそのような歩行弱者が存在しないかどうかも注意を払い、もし存在する場合には進路を譲ったり減速、停止したりして、それらの者が万一ふらついたとしても接触、衝突しない程度の関係を保つなどしてそれらの者との接触、衝突を回避すべき注意義務」があるとしました。
その上で、この事案では、25歳女性は、友人と漫然と歩きながら交差点を歩き高齢の女性を見逃したことを認定し、賠償責任を認めました。
他方で、91歳の女性も25歳女性を見つけていないことから、91歳の女性の過失を3割として、25歳女性の過失を7割認めました。
【東京地判平成18年6月15日判決】
ところが、控訴審の高等裁判所では、
「25歳女性は友人と並んで人の流れに従ってゆっくりと歩いて交差点の中央付近で、目指す店舗を探そうと歩みをとめかけた瞬間、25歳女性の背中から腰にかけて91歳の女性が接触している」と認定し、25歳女性に注意義務違反はなかったとしました。
高裁判決では、衝突の態様からこの事故に関しては、25歳女性の注意義務違反は認められませんでした。
【控訴審東京高判平成18年10月18日】
東京地裁と東京高裁で結論は異なっていますが、主に25歳の女性の歩行に問題があったか、なかったという評価に関する部分で違いが出たためと考えられます。
したがって、近年問題になっている「歩きスマホ」をしていたという事案では、おそらくスマホを操作して前方の安全を確認していなかったという事実から注意義務違反を認める可能性が高いものと考えられます。
歩行者同士の事故での問題点
先ほど紹介した裁判例のように、そもそも歩行者同士の事故は自動車やバイク、自転車が当事者の交通事故と異なって、現時点では特殊な事故といえます。
そのため、そもそも相手方の歩行者に損害賠償義務があるかどうか、あるとして具体的な注意義務違反としてどのようなものがあるかといった点が問題となります。
そのため、被害者が自らこの問題を解決するのは困難だといえます。
歩行者同士の事故の場合、自動車やバイクで用意されている自賠責保険がありません。また、人身傷害保険も歩行者同士の場合には適用できないため、加害者へ直接請求するしかありません。
加害者が個人賠償責任保険に加入していれば、その保険会社と交渉することになりますが、何れにしても被害者の方がご自分で加害者側と交渉をするのは非常に精神的にも負担ですし労力もかかります。
また、加害者自身もどうすればよいかわかっていない場合も多いため、弁護士が介入することで対応を促すことができます。弁護士にお気軽にご相談ください。
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